素晴らしい言葉、欲しいものが手に入る近道、「最強のおまじない」がお釈迦様の教え「少欲知足」!【お釈迦様の言葉】

お釈迦様と仏教

ご存じの通り、お釈迦様はインドのお人です。

だから、漢字で日本に伝わっているモノは、「中国経由」です。

 

ところが、この「漢字での表現」って、凄いって思いませんか?

少ない文字で、物事を伝えることが出来ているのですよね、冷静に考えると。

 

今回は、そんな漢字の表現でも、

ちそく

たった四字でお釈迦様の素晴らしい教えを実にシンプルに教えてくれている言葉を紹介しちゃいます。

 

このシンプルな言葉は、ある意味「おまじない」です!

 

僕がこの言葉に出会ったのが、45歳の時。

この四字の後ろに隠れている意味を考えると「なるほど」って感心しました。

それが、「少欲知足」です。

 

👉この記事を読むと、「少欲知足」の言葉が持つ素晴らしさが分かります。

そして、この意味を知ることが「なぜ欲しいものが手に入る近道なのか?」について理解できます。

 




 

「少欲知足:しょうよくちそく」とは?

まず、文字の通りの解釈をします。

「少ない欲でも足りていることを知る」と言う意味です。

 

仏教の話でよく出て来る、お釈迦様が説かれたお話の1つが4文字で表現されています。

 

この言葉の自分なりの拡大解釈は、

「少ない欲でも足りていることを知れば心穏やかに生きられる」

 

人って欲がたくさん有るはずです。

もちろん、僕にも「たくさんの欲」は有ります。

 

その欲の中で、ホントに自分が必要だと思うことを絞り込んでいきます。

絞り込んでも、当然、まだ手に入っていない状態です。

ところが、それでも実は自分は足りているんです。

 

「適度な欲を持つこと」と、

「足りていることを知る」こと

これは「両方ともに大事」なのだと気が付きました。

 

欲しいものが手に入る「おまじない」として

手に入っていないモノもたくさん有るけれども、手に入っているモノもたくさん有る。

 

それを自覚できるように成れば、強欲で心を振り回されることなく心穏やかに暮らせそうです!

そして、その絞り込んだ欲を手に入れるために精進する。

 

 

さらに、絞り込んだ訳ですから、その欲を手中に収める確率が高くなるのではないかと考えます。

 

よくよく考えてみると、

「あれもこれも」欲を持っちゃうと、その欲に対する執着心とか・その欲を手に入れるために掛けるパワーが分散されます。

 

だから、欲しいものが手に入りやすくなる「おなじない」とも言えます。




 

いま有ることに感謝。

足りていることが自覚出来るってことは、感謝の気持ちを持つことになります。

「欲は有るけれども、今でも自分は足りたところがたくさん有るじゃないか。有り難い事だ」

こういった感謝の気持ちが有れば、心は穏やかになるんだと気が付きました。

「自分は足りていない」と感じて、沢山の欲を持って生きていれば、

・「あれも足りない・これも欲しい」

・「なぜ自分は足りないんだ…」

・「きっと~のせいに違いない」と、

 

あれこれ考え不満に思います。

心は常に穏やかではありません。

 

どこにフォーカスするか?ってことですね!

いま有ることに感謝。

この気持ちが無ければ「あれも欲しい、これも欲しい。あれも足りていない、これも足りていない…」って気持ちになりがちです。

 

「不足していることに気持ちをフォーカスするのではなく、足りていることにフォーカス」。

その結果、「気持ちが穏やかになる」。

 

しかし、「欲を無くす必要は無い」と考えます。

ところが、多すぎるのは「あれも・これも」に繋がって行きそうです…。

だから、「少ない欲」で十分だと言えますね。

 

「ホントにいま、自分の必要な厳選した欲」を持ちつつ、

「いま自分は不足している」と考えるのではなく、

「今の自分で足りていることも自覚する」。

多い少ないは人と比べるものではなく「ホントにいま、自分が必要な数」です。

 

気持ちが穏やかになって欲しいものを手に入れる

 

 

「気持ちが穏やかになって、欲しいモノが手に入る」。

これが出来るなんて素晴らしいです!

①「不足していることに気持ちをフォーカスするのではなく、足りていることにフォーカス」。 だから、「気持ちが穏やかになる」。

②その気持ちで「自分が厳選した欲に向かって自分を見つめる」。

③「厳選した欲に向かって、手に入れようと努力や工夫をする」。

「心が穏やかな状態で、目標達成の近道を歩む」ことは理想的です。

 

「少欲知足」には、そんな意味が隠れていると感じます。




 

欲を持つのは悪いことか?

欲が有る事や欲を持つことは悪い事ではありません。

「欲の有無や強さ」と「向上心や成長心の強さ」には関連性が有ると思います!!

むしろ、欲はモチベーションを高めてくれる良い働きをします。

 

また、その欲に対する執着が高いほど、手に入れる確率も上がると考えます。

 

混同しがちなことは、

「欲を持って生きる事」

「その結果が叶うこと」

「心が穏やかで生きられる事」

は繋がっているようで繋がっていないということ。

 

欲を持って、その達成のために精力的に生活していても、心が穏やかな人と穏やかでない人がいます。

達成して手に入れた結果、心が穏やかになる人とそうならない人もいます。

 

となると理想は

 

「向上や成長の為に欲を持って、幸せを感じつつ前進する」。

ポイントは、

「どんな心の状態で欲を持っているか」です。

 

それによって日々の心の動きに違いが出ます。

 

僕の周囲で、心穏やかに生きている人や幸せを実感しながら生きられている人には共通点が有ります。

それは、「感謝の気持ち」を持っている点です。

 

ホントに必要なものが何なのかと自分の心に向き合う。
そして、
自分は足りているけれども、「これこそは手に入れたい」というモチベーションを持って生きる。
こういった状態が、心穏やかに自分を高めれる気がします。

そんな考えで生きてみようと、僕は実践中です。

 




 

逆に欲がない人

「これと言って欲が見つからない」

「どうして良いか分からない…」

そんな人も居るかもしれません。

 

そんな時は、焦る必要も、「欲や目標」を無理して探す必要もないと思います。

「少欲知足」という言葉を知って、

「欲は少なくて良いんだ。今の自分が足りている部分に気が付いて、感謝しよう」

という穏やかな気持ちに成れば、いつの間にか欲も出てくると思います。

理由は、

「欲が無い」と人は「自分は足りている」と意識出来ていない人も多いからです。

 

 

「欲」というよりも「目標・目的」と言い換えれば分かりやすいかもしれません。

 

自分の足りている部分に目を向けると、

「目標や目的」も見つかりやすくなります。

 

僕がそうでした!!

 

 

吾只知足

この言葉も、同じような意味です。

「われ(吾=自分)、ただ(只)足るを知る」と読みます。

これは、京都の禅寺「竜安寺」に置いてある石堀のものが有名です。

茶室に入る前に手を清めるために置いてある水鉢(つくばい)なので、真ん中に水が溜める仕組みになっています。

その真ん中が「口」の字になっていて、前後左右に上手いこと文字を配置しています。

少欲知足と出会ってからの変化と効果

実際、「少欲知足」という言葉と出会ってから、僕の行動は変わりました。

昔なら「あれも欲しい、これも良いなぁ」と思っていました。

そして、欲しいと思ったら直ぐ もしくは少し時間が空いてでも購入するパターンが多かっのです。

ところが、欲しいと思っても、「ホントに欲しいのか・ホントに必要か」を冷静に考えるようになれたので、「今の自分には直ぐには必要ない」場合は買わなくなりました。

 

「買う」「手に入れる」と言うことに対して、慎重になれました。

「もう少し様子を見てみよう」と自分の欲求を以前よりもコントロール出来るようになったのです!

 

次のような話も参考にしています。

「欲しいものでも、まず1回目はホントにそれが無ければ困るのか」を考えて そうでなかったら、まずパスしてみる。

ここでパスになるものは、ほぼ今は不要な物。

 

「やっぱり買おう」って考えて、その店に改めて買いに行ったけれど売り切れている場合も有る。

こんな場合は縁が無かったんだと諦める。

 

 

こういういった具合に、

欲しいモノに執着しないようにしている。

 

 

慎重になってみると

「いったん考えてみよう」と思い、無くても実は平気だったり・別のもので代用出来たりって事もけっこう多くありました。

 

また、慎重になる事は、時間を置いて冷静に考える事にも繋がりました。

 

こういう「必要か必要でないか」という考えが、「断捨離」に繋がり、生活がシンプルに成りました。

 

それに加えて、自分の変化を楽しめてます。

 

*この本も話題になりましたね!

「フランス人は10着しか服を持たない」


フランスの貴族の家にホームステイすることで学んだことが書かれています。

「上質なものを少しだけ持ち、大切に使う。日常の中に、ささやかな喜びを見つける」などという、今回のテーマと共通した考え方がこの本には有りました。




 

「少欲知足」、辞書での意味は?

ところで、goo辞書による説明は下記です。

わずかな欲望で、十分満ち足りていること。少ないものでも、それ以上を望まず、満足すること。

注記:「少欲」は、多くを求めず節操があること。

「知足」は、手に入れた物について、満足であること。また、満足の度合いを知ること。「欲よく少すくなくして、足たるを知しる」と読み下す。

出典:『大般涅槃経だいはつねはんぎょう』/goo辞書

 

これでは、大事な説明が抜けていて、この言葉の良さが伝わらないと思って、先に説明をさせて頂きました。

最後に

我が家は、ばあちゃんが信仰心の篤い仏教徒でした。

そんな家庭環境でしたから小さい時からお寺との関わりも深く、和尚さんの話もよく聞きました。

当然、お経も覚えました。でも、漢字ばかりのお経の意味は、説明を聞いても分かりにくいし理解不能・・・。

丁寧に教えてくれたんでしょうが若い僕の頭には入って来ませんでした…。

 

説明が難しかったと思います。

 

中年と言われる世代に成ってから、お釈迦様の説かれたお話や考えに触れ直す機会が出来ました。

 

これまで聞いた内容とは正直に言えば違いました。

とてもシンプルで難しくない内容です。

おまけに、僕にとっては「なるほど」と思えることがたくさん有ります。

 

 

そのうちの一つが「少欲知足」です。

 

 

今までと同じ景色でも見る角度が変わると「良いなぁ」って思えます。

また、今までとは違う出来事や出会いや発見が有って楽しく感じます。

 

 

そして、

変わって行く自分の価値観や生活観とともに、見える景色や感じ方が変わって行く=自分が変化していることを実感できるのも楽しいです。

 

👉関連記事:当時のお釈迦様の教えとは?

👉関連記事:価値観とは?

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