お彼岸とは?2020年の時期はいつからいつまで?お彼岸の意味と、なぜ春と秋?

雑学

お彼岸は年に2回ありますが、「何の日」でしょうか?

「お墓まいり」の日! 

こう答えた人は、「お彼岸にはお墓まいり」っていう意識のある人ですね。日本に住むたくさんの人が、お彼岸が近づくと、「お墓参りしなきゃ」という気持ちになります。文化がキチンと引き継がれています。

でも、なぜ、お彼岸とお墓まいりが関係するのかは、あまり考えたことはないと思います。

だから、こちらの記事を訪れたあなたは、「お彼岸って何?」ということを知りたくて、来られたんだと思います。

私も、「お葬式の仕事」をするようになって自分で調べていきました。すると、「お彼岸の意味と意義」が分かって、「大切な期間」なんだと実感し、そして、日本文化の素晴らしさを再発見しました。

そこで、私なりにこれまで調べたことと自分の解釈を混ぜながら、【毎年2回ある春と秋のお彼岸】について、時期や意味や、おはぎやぼた餅との関係まで、【簡単にわかりやすく】まとめて参ります。

そして、日本文化の素晴らしさや面白さも感じてもらえると嬉しいです。




2020年のお彼岸はいつからいつまで?

春と秋の年に2回あるお彼岸。

2020年のスケジュールからお伝えします。

お彼岸は、「春分の日」と「秋分の日」と密接に関係します。

春のお彼岸は「春分の日をまん中の日にして前後3日ずつの1週間」。

秋のお彼岸は「秋分の日を真ん中の日にして前後3日ずつの1週間」。

 

最初の日を「彼岸入り」と呼び、最終日を「彼岸明け」と呼びます。

春分の日や秋分の日は、「中日:なかび・ちゅうにち」と呼びます。

 

2020年(令和2年)春のお彼岸

・3月17日(火) 彼岸入り

・3月20日(金) 春分の日

・3月23日(月) 彼岸明け

 

2020年(令和2年)秋のお彼岸

・9月19日(土) 彼岸入り

・9月22日(火) 秋分の日

・9月25日(金) 彼岸明け

お彼岸とは?お彼岸の意味。

お彼岸は、文字通り「彼岸」に「御」を付けた丁寧表現。

この「岸」と「春分・秋分」の日が関係します!!

 

そこで、クイズです。

春分の日と秋分の日って「どんな」日ですか?




お彼岸と春分の日・秋分の日との関係とは?

春分の日と秋分の日って「どんな」日?

答えは、いくつか出てきたと思います。

両日ともに「祝日」です。祝日になるくらいなので、どちらも「意味のある日」との位置づけです!

「春分の日」は「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」として祝日となっています。まさに、春らしい祝日です。

「秋分の日」は「祖先をうやまい、なくなった人々を偲ぶ日」として祝日となっています。

 

お彼岸との関係で、共通しているのが2点。

1・「昼と夜の時間が、ほぼ同じ」日。

2・真東から日が昇り・真西へ日が沈む日。

この2点が、意味を持っています。

なぜ「お彼岸」?

「彼の岸」と書いてます。

「かなた」は「彼方」と書きますので、「彼」とは「結構遠い方向」を指す漢字なんです。

調べると、「第三者」という意味も有りました。「なんとか・かんとか」「なんや・かんや」の「かん」です。(漢字を使うと「何とか彼とか」「何や彼や」だそうです)

「あちら」といった感じの、「遠称の指示代名詞」。

そうなんです、「あちら」なんです。

 

彼岸を辞書で調べると、「向こう岸」「対岸」と有ります。

仏教で「彼岸」とは、

「煩悩を脱し涅槃に達した境地」や「西にある極楽浄土」を指します。

【陽(昼と夜)の長さが同じになって・太陽が真東から昇り真西へ沈む「特別な日」には、「あちらの岸」と「こちらの岸」が繋がって、ご先祖様や最愛の人とも繋がる】という解釈です。

ちなみに、

「こちらの岸」は「此岸:しがん」と言います。「この(此の)岸」です。

此岸とは、「人間の住む世界」の事を指します。

以上が、「お彼岸と春分・秋分の日との関係」です。




なぜ、お彼岸にお墓参り?

実は、お墓参りは、いつ行っても良いのです。

というのは、「お墓は、ご先祖様が眠るとても大事な場所」なので、お彼岸であってもお彼岸でなくても、お墓に行って「自分があるのはご先祖様のお蔭」という気持ちを表現する事が大事だからです。先祖について「たまに」思いを馳せる・亡くなられた恩人について思いを馳せる。これが供養で、大事なことのようです。そして、「その方々との繋がる場所」としてお墓が有るのだとも思います。<供養の意味は、もう少し下にてまとめています>

「普段は極楽浄土に居てるのなら、居ない時に行っても意味ないじゃん」。

そういう意味から考えると、彼岸と此岸が繋がる「お彼岸の時期」なら「お墓にいらっしゃるかもしれないので、お参りに行く価値はある」と思います。

本来は、きっと「居てる・居てない」は関係なく、どこにいらっしゃっても心ではいつでも繋がることが出来ると考えます。繋がることが供養で有り大事なことで有って、気持ちだけではなく行動をすること(お墓に行くことや仏壇で手を合わせること)で、より繋がりを強く感じることが出来るのだと思います。

普段、ご先祖様はどこに居てるのか?

お墓に居てるのか・極楽浄土に居てるのか・仏壇に居てるのか?と、疑問に思いますが、私にはどこにいらっしゃるか残念ながら分かりません・・・。

でも、私の心の中には確実にいらっしゃるし、きっと極楽浄土なのか天国なのかの「彼岸」にいらっしゃると思っています。そして、彼岸にいらっしゃるご先祖と繋がる場所として「お仏壇やお墓」があるのだと、私は解釈しています。

でも、仏壇やお墓が、必ず必要なわけではないとも感じます。気持ちを合わせれば、「いつでも・どこでも」繋がることが出来ると私は思うからです。

表現がおかしいかもしれませんが、繋がるために便利な場所・もしくは繋がりやすいと我々が思っている場所が「お墓」であったり「仏壇」であるのだと思います。

墓がある人はお墓参り・仏壇がある人はお仏壇・近くになくてもお墓もお仏壇も不要なのでいつでもどこでも、気持ちを合わせたい時に合わせれば良いと思います。

だから、お墓へお参りにいつ行っても良いのですが、実際はなかなか行く機会が無いものです・・・。

そこで、この年2回の「お彼岸」になると「お参りに行かなきゃ」と思うので、「良い仕組み」だと思っています。

供養がなぜ大事なのか?

供養とは、いろいろな考え方や難しい説明が有るのですが、私なりに簡単にまとめました。

「彼岸(天国・極楽・浄土・来世など)に故人を送って、彼岸での故人の幸せを祈り、逆に自分たちを見守ってもらう」こと。

これが供養の分かりやすい大きな意味だと思います。供養することは、故人や先祖の事に想いを馳せます。

「想いを馳せること」「偲ぶこと」「忘れないこと」。そんな気持ちが「何かの時の心の支え」や「何かの時に応援してくれたり後押ししてくれたように感じる」ので、人はお参りをしたり想いを馳せたりするのだと思います。

相手の事を考えることが、結局は、自分にとってもプラスになっている。相手にも自分にもプラスになっているように感じる行いが供養なのかと、調べていくうちに解釈できました。だから、大事で意味のあることだと感じます。

「お彼岸」という仕組みは、日本固有です

先祖が帰ってくるという発想は本来の仏教の考えではないので、日本の古来からの「先祖を大事にする信仰」が仏教と結びついて、「お彼岸」「お盆」「法要」といった習慣が生まれました。

法事(法要)やお盆やお彼岸という機会があるから、「お参りしなきゃ」と思います。そして、それが先祖と繋がる機会を増やしてくれていると感じます。




お彼岸には「ぼた餅やおはぎ」をお供えして食す

この、ぼた餅やおはぎも、お彼岸と関係している日本固有の習慣です。

昔は、おはぎもぼた餅も「ごちそう」でした。

昔は、大事な日に自分たちでお供え物を作って、神様やご先祖にお供えをする。お供えから下げたごちそうを皆で食べる風習です。

この、「おさがりを食べる」ことも、昔の人々にとっては「楽しみの一つ」だったと思います。

*ぼた餅とおはぎについてはこちら*

 

今回は、お彼岸についてまとめてみました。

他の記事も、是非とも読んでくだされば嬉しいです。お待ちしております。

*お彼岸を含む「24節気」についてはこちら*




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